「 蟹。 」/PULL.
しく、
蟹でもたれたわたしの腹を、
やさしく、
いたわってくれる。
夫を送り出すと、
わたしは家にひとりになる。
ひとりに、
なると、
誰もいないキッチンの隅やそこかしこから、
蟹が、
わさわさと、
湧いて覗いているような、
そんな気分になることもある。
そんな気分の時は、
少し化粧をして、
夫には見せない顔になって、
外に出掛ける。
蟹は外にもいる。
蟹を張り付かせたまま出歩く男も、
近頃は増えてきた。
蟹たちはわたしを見つけると、
ぶくぶくと泡を噴き、
わたしを、
誘う。
わたしは慎重に指を出し、
すれ違いざまに、
釣り上げる。
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