「 蟹。 」/PULL.
朝起きると、
夫の蟹を食べる。
水のきれいな土地で生まれ育った夫の蟹は、
沢蟹に似た味がして、
なかなかの珍味である。
蟹は大抵、
夫が寝ている間に、
湧いて出る。
一度などはひどく寝坊をして、
夫の顔の右側面に蟹が、
びっしりと張り付いていたこともある。
あの朝はすべての蟹を食べるのに、
一時間近くも掛かり、
さすがのわたしも夫の蟹が少し嫌いになった。
蟹を食べ終えると、
夫は目覚める。
新婚の頃と変わらない、
いつもの朝のキスを交わし、
夫はキッチンで、
ふたりの朝食を作ってくれる。
夫の作るプレーンオムレツはおいしく
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