失われた夜の夜/いねむり猫
なくなった人影が そしてその男の耳から
確かに夜よりも濃い闇が細く流れ出していたのに
小船は小さな入り江から見知らぬ沖へと夜に押されて
闇をはらむ帆が私なのだ
闇を孕むおまえと一緒に 失われた夜の夜に漕ぎ出したのは
薄闇の中にさらに深い闇と光を予感できたから
失われた夜の夜 迫っている満ち潮のように
夜が暗い予感を満たし 私たちを押し流してしまう夜
私はおまえの小さな手をずっと握って歩きつづけた
小さな庭におまえが植えたジャスミンが
むせるような香を放つこの5月になって
私はやっとおまえがいなくなったことに気が付いたのだ
そして小船を揺らす夜風の中で
私はふと願った
おまえのうつろな目に染み込んでいったあの闇は
それは私であったのかもしれないと
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