取引き/ならぢゅん(矮猫亭)
ぐったそうに粒立ち、今度はそっと指を引き上げ始める。
幾度かのまばたき。ふいに赤いマニュキュア。その先には、なくし
た時計が、だらしなくぶらさがっていた。文字盤を滑る秒針に安心
した僕は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。離婚届。その文字に
女も安堵したようだ。差し出すと時計をよこしてきた。取引きを終
えると僕らはそれぞれ時計と離婚届とを闇に滑り込ませた。微かな
落下音を聞きながら僕らは小さく会釈を交した。
湿りを帯びた闇が何くわぬ顔で散り拡がってゆく。その一片が買っ
たばかりの時計の文字盤に落ちて、黒い針は三本ともありかが判ら
なくなった。
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