【短:小説】304丁目の黒川博士/なかがわひろか
辿り着いて料金を支払うときに、一万円札しかなくてそれを見た運転手に「近くのコンビニで両替してきてくれねえかな」と言われた時の機嫌の悪さに匹敵するくらいとても機嫌が悪いのだ。もちろん僕だっていち社会人としてそれなりに難しい人と付き合っても来たし、そういった人たちの対処法もいくつか知っている。だけど博士に関してはそう言ったものが一切通用しない。とにかく乗り物を使って博士の家に行ったことを知られた博士への対応に関してはどんな方法も存在しないのだ。だから僕はこんな太陽がジリジリと照りつける中ひたすら汗を拭きながら、一歩一歩三百四丁目の博士の家まで必死になりながら向かう。
やっとのことで博士の家に辿り着いて、僕は息を整えながら、チャイムを押す。
涼しい冷気と共に、博士がドアを開く。博士は僕を上から下までじっくり見て、納得したように僕を家に招き入れた。とりあえず博士の機嫌は悪くない。それだけでも三百四丁目分歩いてきた甲斐があるというものだ。
博士は黙って僕を部屋まで案内した。やれやれ。外ではせみが何がそんなに不満かというくらい鳴き叫んでいる。
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