Mの肖像/んなこたーない
 
かった。彼はどんなところからも生命力のみなぎりを感じ取り、その奔放さを感嘆し賞賛するのだった。なので、当然彼は悪意を持つということを知らなかった。やりがいのない仕事場でくたびれた表情をした同僚たちにも、彼は一種の畏怖を感じていた。そしてそれをぼくら相手に熱弁した。それはたしかにひとつの才能だった。
 一度、酔っ払ったMを介抱しながらF駅前の通りを歩いていたときのことだ、Mは通り過ぎるひと全員に向かって選挙ポスターのような微笑を浮かべて手を振った。Mをなかば担ぐかたちで歩いていたぼくが歩きづらいと文句を言うと、Mは真顔で「イギリスの王室から来訪してきた者として、自分には日本国民に丁寧に挨拶する義務がある」と言った。まったく彼には品位というものが欠けていた。(つづく)
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