印象 : 1/安部行人
 
ら、さりげなくかれを観察した。
 年齢はおそらく三十代の半ばであろうが、なにかの加減でもっと若いようにも見えた。その顔は若々しくもあり、またひどく老け込んでいるようでもあった。ほとんど変化しない表情には、消すことのできない疲れが感じられた。仕事や人づきあいのためだけではなく、なにかそういったものを越えてしまった疲労が、かれを無表情にしていた。
 
 かれは食事を終えると、無言で手を挙げてウェイターを呼び、勘定を済ませた。それから静かに席を立ち、左手に雑誌を下げてわたしの前を通った。
 わたしはその雑誌に目を奪われた。それはかなり専門的なもので部数も少なく、どこにでも読者がいる、というたぐいの雑誌ではなかった。そしてわたしもまた、その雑誌の、おそらくは数少ないであろう読者のひとりだった。
 こちらの視線に気づいたのか、かれが静かにわたしの方を見た。
 わたしは思い切って声をかけ、雑誌のことを尋ねた。
 かれは少しばかり目を見開き、軽く引きつったような笑みを見せて口を開いた。

 わたしはそのようにして、時おりその店でかれと話すようになったのだった。
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