春の憂鬱/水町綜助
ともっと先の話だ
あるいは遥か昔の話だ
もう小さな頃どころか
母胎にすら
失われてしまっているかもしれない
しかしたしかに感じている意味
その話だ
まるでこどもだぼくは
甲高い呼気を風鳴りのように吐きながら
連続して男は走り去った
木々は走り去った
ドウダンツツジは無数の点となった
冬鳥は輪の半周を渡り始め
三輪車は舗装路をがりがりと切りつけた
僕はベンチに腰掛け
顔を上げて
赤すぎる梅を沼のほとりでじっと見ていた
その後ろで
川は静かに流れていた
静かに流れている
薄赤い西日を浮かべてそれを
めちゃくちゃに溶かし散らせながら
流れている
赤いスピーカーから夕方五時を告げる音楽が聞こえた
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