春のホログラム/佐野権太
 
微睡(まどろ)んで、乗り過ごすうちに
春まで来てしまった

0番線から広がる風景は
いつかの記憶と曖昧につながっていて
舞いあがる風のぬくもりが
薄紅の小路や
石造りの橋や
覗き込むせせらぎの光の底に
絡(から)まっては、ほどけてゆく

春の改札は
まだ黄緑の膜に覆われていて
気持ちを伝えるように
ほのかな香りを漂わせている



待合室のベンチには
春の花束を抱えた
うさぎのぬいぐるみだけが
おとなしく座っている

ふと、視線を感じて
瞳を見つめ直すと
もう、ちゃんと無機質だった



下り列車は
静かにドアを閉じ

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