読まれない書き置き/砂木
 
きたのに
路をひとつ越えるというのが
急激に恐くなって 立ち竦んだ
そこを越えたら もう戻れない気がして
そこから先は 知らない世界のような気がした

くるりと 私はひきかえした

きょろきょろと 玄関から入り
机の書き置きをみると
誰もみたあとがない

どごさ行ってらがったけな
と ばあちゃんが 台所からきてきいた

おら 家出してらなだ 気づがねがったなが
と 不満をあらわに ばあちゃんに ばあちゃんに
あまえ

笑ってたな 読めるか読めないかの幼い字で

かえりたい
かえれるのなら
かえりたい

ただ 帰らなくてはいけないことを
信じて疑わなかった 口をとんがらせて

いつか かえられない場所になることなど
気づく 悲しみも知らなくて

さよならさせないでください
幼い心をとどめた 

空と木々の
見慣れた暖かさに
朽ちて消え入る体より先に

諦めさせないでください
十字路の前で


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